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北京クィア映画祭ノート(1)

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 僕が北京留学を決めた理由のひとつに、北京クィア映画祭(2001-)がある。

 前回の記事で述べたように、中国生活にかんする僕の見通しは甘かった。当時の僕は中国語もろくにできなかったくせにあまりに楽観的だった。もちろん楽観的な傾向は僕の人生にとってプラスに作用してきた面もおおきいが、ときに自分の首を絞めることにもつながる。と、それはともかく。そうした厳しい生活のなかで、たくさんのひとに支えられ、留学前に掲げた目標のほとんどは達成することができた。もちろん計画どおりにいかなかったこともある。しかしいくつかのこと予想以上にうまくいった。

 さて、北京クィア映画祭の運営にかかわりたいと考えたのは、まだクアラルンプールで働いていた頃だった。当時、中国に留学したいと思うようになり、でもただ留学するだけではつまらないと考えた。それで中国の社会運動について調べることにした。当時は中国語がほとんどできなかったから、英語を使って、それから付き合っていた中国人の恋人にもいっしょに調べてもらった。そうして見つけたのが北京クィア映画祭だった。(後述するが、北京クィア映画祭は、きわめて戦略的に欧米メディアに向けて情報発信をしてきた。だから英語を使って調べていた僕がかれらの情報にアクセスできたのもけっして偶然ではなかったのである。)

 クアラルンプールで働いていた当時からゲイとして文章を書くようになり、いつしか性的少数者の社会運動に取り組みたいと考えるようになった。ただ、僕は同性愛という性的指向の問題だけにコミットしたいわけではなかった。

 幼い頃から「もっと男らしくしなさい…」などというジェンダー規範にたいしてある種の息苦しさをずっと感じていた。就職してからは、会社のなかに当然のような顔をしてはびこる男女差別にたいして強烈な違和感があった(けれど状況を改善するために動かなかった。そういう意味では僕も男女差別の構造に加担していたひとりであった。)そういう反省があったから、「性」の問題について幅広い視点から考えたいと思った。それで北京クィア映画祭にたどり着いたのである。

 

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 北京クィア映画祭は性的少数者の社会問題だけでなく、中国政府による映画検閲や独立映画の抑圧問題にたいしても自覚的に取り組んできた。けれども当時の僕は中国の映画環境について何も知らなかったから、そのあたりの事情については運営にじっさいに関わってゆくなかで学んでいった。

 ところで中国における性的少数者フェミニズムの運動は、日本語では東山日出也さんがブログ(中国女性・ジェンダーニュース+)でとても丁寧に紹介をされている。また独立映画にかんしては、だーしゅーさんがブログ(鞦韆院落)で取りあげている。僕の知るかぎりでは、日本語で、中国のジェンダーやセクシュアリティ、あるいは独立映画の現状についてアクセスできるウェブサイトはこの二つしかない(ほかにあったら教えてください)。 

 日本語での情報アクセスが限られるという事情を考慮した結果、このブログでは学術論文の形式はとらず、私的メモとして北京クィア映画祭とのかかわりについて書くことに決めた。長くなるから(しかも書きながら構成を組み立てている)複数回にわけます。読者にとっておもしろいかどうかわからないのだけれど、日本人は中国についてあまりに無知である(というか、ほとんど何も知らない)という危機感の下、なるべく丁寧なメモを残していくつもりだ。

 

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